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私の住むまち その15

戸谷 毅 自己紹介へ
2019/08/09(金) 日々のこと戸谷 毅

みなさんこんにちは。不動産流通部の戸谷です。暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?

今回の私の住むまちは伏見の町名についてご紹介致します。

ご存知のとおり豊臣秀吉が伏見に政権を置き(安土・桃山時代)、その中心となった伏見城の周りには大名屋敷がたくさんありました。豊臣政権下の大名達はこぞってお城近くに上屋敷・郊外に下屋敷を構え、一説によるとその数は200を超えていたと言われています。そのため、現在の旧伏見城近く(桃山エリア)の町名はその名残から当時の大名家の名前が残されているところがたくさんあります。たとえば・・・

・桃山町正宗・・・伊達正宗 ・桃山最上町・・・最上義光 ・桃山水野左近町・・・水野重良 ・桃山伊井掃部町・・・井伊直孝 ・桃山長岡越中町・・・細川(長岡)忠興 ・桃山町三河・・・徳川家康 ・桃山福島太夫町・・・福島正則 ・桃山毛利長門町・・・毛利輝元 などなど

歴史の教科書に出てくるような武将名のオンパレードです。あげればキリがありません。

当時色んなドラマがこの町内で起きていたわけで、例えばちょっとマニアックな話ですが、黑田官兵衛(如水)の家老だった母里太兵衛と福島正則との名槍『日本号』をめぐる逸話は福島屋敷でおこり、後に『黒田節』として語り継がれることになりました。

母里太兵衛

この高札は御香宮神社の南側に立てられています。

黑田官兵衛

ちなみにこの黒田家下屋敷跡も近くにあります。

戦国好きの私としては、まだまだご紹介したいところがたくさんありますが、書ききれません。今後また小出しにご紹介します。

さて、ここで問題です。私が実際に住んでいるまちの町名も戦国武将に由来する名前がついています。ヒントは・・・何と不名誉なことに大阪冬の陣で内通を疑われて切腹させられた大名の名前(桃山○○○○○町)です。さて、誰でしょう???

ではこの辺で・・・。

 

 

 

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